流山市が創る「未来型子育て都市」:仕事と暮らしが両立する街づくりの秘密
流山市は、千葉県北西部に位置しながらも「母になるなら、流山市。」のキャッチコピーを打ち出し、都会の共働き子育て世代(DEWKS)に向けて積極的な支援を続けています。駅前で子どもを預け、仕事帰りに迎えられる送迎保育ステーションや、保育士の処遇改善などを通じた保育の質と量の両立に注力した結果、人口増加率が全国トップを連続で獲得。さらに市のマーケティング課を設置し、民間企業さながらの手法で「ターゲットとする世帯」へ向けて施策を行う独自の取り組みが評価されています。
本記事では、流山市がどのようにして新興住宅地から起業家の集う街へと変貌を遂げたのか、そして今なお残る歴史的地域や古民家再生により新たな観光価値を生み出している背景を、さまざまな具体例とともに解説していきます。
はじめに:子どもが増える街の奇跡
日本全国で少子化が進む一方、流山市は6年連続で人口増加率が全国1位となり、今なお子どもの数が伸び続けています。かつて「千葉のチベット」と揶揄されたこのエリアがどのように子育て家族の“移住先”として注目を集めるようになったのか。その背景には、つくばエクスプレス(以下、TX)の開通や独自のマーケティング施策、保育サービスの徹底強化などがありました。
「母になるなら、流山市。」という挑戦
流山市が全国の子育て世代に名を知られるようになったのは、「母になるなら、流山市。」という印象的なキャッチコピーからだと言われています。子育て家庭に響く切り口で、送迎保育ステーションなどの利便性をあらためて強く打ち出したことが転入数増加の加速につながりました。
もともと市の財政危機を踏まえ、「人口を若返らせる=保育環境を抜本的に整える」という方向へシフトを図ったことが、このキャッチコピーに表れているのです。
第1章:駅ナカで完結する子育て環境
画期的な送迎保育ステーション
流山おおたかの森駅や南流山駅前に設置された送迎保育ステーションは、働きながら子育てをする世帯が朝夕の保育所送り迎えに要する負担を極端に軽減する仕組みです。
- 朝:駅前のステーションに子どもを預け、そこから保育所へバスで送迎
- 夕方:保育所を巡回したバスがステーションへ子どもを集め、仕事帰りの親は最寄り駅で子どもと合流
わずか1日100円、月額2,000円が上限という低料金も画期的で、「子どもを保育園に送り届けるだけで1時間以上かかった」という都内在住の働く母親をはじめ、多くの転入者が魅力を感じています。
徹底した保育士の処遇改善
保育園を増やすだけでは待機児童問題は解決しません。保育園数が一気に増えるということは、そこで働く保育士の確保が不可欠だからです。
流山市は保育士向けの家賃補助・人材育成補助・就労奨励金などを手厚くし、民間保育所の誘致にも積極的。こうした施策により多様な園の選択肢を確保していることが、流山市を「保育の楽園」と呼ばれる所以になりました。
第2章:市長のビジョンとマーケティング課の誕生
都市計画コンサルタント出身の市長
流山市の大転換期を作り上げた中心人物の一人が、井崎義治 市長です。もともと都市計画の専門家として海外で経験を積んだ彼は、流山市の潜在力を信じ、市長に就任後は自治体にマーケティングの考え方を導入。「行政はサービス業」という方針を掲げ、職員を巻き込みながら街のブランディングに着手しました。
マーケティング課が生んだPR戦略
市役所内にマーケティング課を置いたことは、他自治体にはないユニークな例です。当時は「行政とマーケティングは相容れない」という批判もあったものの、市長主導の勉強会によって徐々に考え方が浸透。ターゲット層を子育て世代(DEWKS)に定め、
- 分かりやすいキャッチコピー(「母になるなら、流山市。」など)
- 大胆なプロモーション
- 市民サービス向上(保育・教育・女性起業支援)
に注力した結果、市民の取り込み=自治体の“顧客満足度”を高める好循環が生まれています。
第3章:シビックプライドを育むまちづくり
DEWKSを呼び込むだけではない独自施策
流山市の取り組みは、保育サービスやPRにとどまりません。人口増加には大型の不動産開発が必須ですが、無秩序に建てるのではなく「グリーンチェーン認定制度」などを通じて豊かな緑を保ちつつ、住みやすい街並みを整える方針を打ち出しました。
- 最小区画の敷地面積拡大:1区画あたりの面積基準を広げ、ペンシルハウスを減らして緑のある住宅街を実現
- 屋外広告物条例:京都並みに厳しい規制を敷き、景観を守る取り組み
こうした都市設計レベルでの改善が進むことで、駅前のショッピングセンターとともに「仕事も暮らしも余裕を持って楽しめる街」が形成されてきました。
住民が主役の地域コミュニティ
行政のトップダウンだけでなく、市民自身が欲しいサービスを街づくりへ提案・実行する動きも活発です。
- トリスト(Trist):自宅そばにシェアオフィスを作りたいという声をベースに、ベンチャー企業やママ起業家が一体となって企画・立ち上げ
- machimin(マチミン):空き車庫を観光案内兼コミュニティースペースにリノベーションし、市内のみりんを使った菓子の開発など多彩なイベントを実施
このように、流山には「自分事として課題解決に乗り出す」人材が集まりやすい土壌があり、それこそが街のブランド化を支える最大の原動力となっています。
第4章:起業するなら流山-女性創業のサポート体制
創業塾とマーケティング課のサポート
流山市には、商工会議所を中心に女性向けの創業塾があり、都市部でのキャリアを生かして新天地で起業を目指す人が増えています。
- 創業塾やマーケティング課の連携で、開業ノウハウや資金調達方法までトータルサポート
- 子育てと仕事を両立させたい女性が多く集まり、コミュニティやコラボ企画が活発化
和菓子店オーナー誕生の物語
例えば、31歳で老舗和菓子店の技術を学んだあと、流山本町で和菓子屋を独立開業する女性のケースがあります。彼女は職場で職人技を習得しながら貯蓄し、商工会議所の創業塾に通い、空き家となっていた古民家を改装して新たな魅力ある店舗を生み出しました。
「本格的に自分の技術を試しながら、独立も支援してもらえる街」という発信が、さらに若い起業志望者を呼び込む好循環を生んでいます。
第5章:歴史と新興が融合する街
古民家再生プロジェクトと観光振興
TX沿線のニュータウンとして急速に開発が進む一方、江戸時代からのみりん醸造文化で栄えた流山本町や利根運河沿いには古民家が数多く残っていました。
市は古民家リノベーションを支援する補助金制度を設け、「レトロな景観×新感覚のカフェ・雑貨店」などを次々と展開しています。
- 切り絵作家の行燈設置による街歩きイベント
- 築100年以上の古民家がカフェやレストランに生まれ変わり、近隣住民のちょっとした非日常スポットに
新興住宅地とは異なる風情が残る地域をあえて“残し活かす”ことで、観光要素と居住の魅力をバランスよく両立させているのです。
みりん文化と小林一茶、近藤勇
流山といえば白みりんの発祥地として知られ、小林一茶や近藤勇とも縁が深い土地。そんな歴史・文化に関するエピソードを市が丁寧に紹介し、“子どもが主役の街”でありながら大人が楽しむ観光資源も豊かであることをPRしている点も注目でしょう。
第6章:大手資本がこぞって参入する街の未来
ショッピングセンターとSC戦争
流山おおたかの森駅前では東神開発(島屋系)による大型複合施設「流山おおたかの森S・C」が誕生し、後発で大和ハウス工業の「COTOE」などが次々オープン。
- 高級志向と大衆路線の両立
- シネコンを含むエンタメ性の高い施設が集積
- 「千葉のニコタマ」と呼ばれるほどのハイソ化が進む
駅周辺で見られる多彩な商業展開は、企業側が流山の人口増・所得水準・マーケティング力を期待している証拠です。
新産業としての物流クラスター
さらに広大な用地にEC系企業や物流施設が集中し、多くの雇用を生んでいます。もともと農地や雑木林が広がっていたエリアに計画的にインフラを整え、「スプロール化を避けて新たな産業を育てる」モデルケースとしても着目されています。
第7章:キーパーソンたちがつないだ流山の系譜
鉄道誘致と政治の物語
現在のTX誘致を成功させる土台を築いたのは、昭和時代に活動した市長や有力者たち。歴史を遡れば、田中角栄を説得した流山市長の奮闘がなければ、そもそもTXが流山を通るルートが実現していなかったかもしれません。
都市計画の大舞台である常磐新線をめぐる東奔西走の背景を知ると、流山の街並みが地元の根強い努力でできあがってきたことを再確認できます。
シビックプライドを未来へ
市長や市議だけでなく、保育士、起業家、伝統和菓子職人など、さまざまな市民がそれぞれのスキルや経験を活かして街を形作る姿は、まさに“シビックプライド”の体現です。子育てしやすい街をキーワードに移り住んだ人たちが「自分たちの暮らす街なら、もっとこうしたい」と動き始める。その結集が、流山が放つ独特の魅力になっています。
おわりに:仕事も子育ても地域で応援する街づくり
流山市が実現しつつあるのは、共働きや子育てを理由に夢を諦めない社会の先駆けとも言える風景です。駅前で預けられる保育サービスや質の高い保育士確保、街を育むためのマーケティング戦略。そして古くからの名産品や歴史的建造物を生かすツーリズム。こうした多面性が融合し、新旧を問いません。
「Sim Cityみたいだ」という言葉を口にする若い起業家や「この街なら自分のキャリアを続けられる」と集まる親世代が増え続けることこそ、流山が持つ大きな可能性の証です。
日常の暮らしを快適にサポートしながら、そこに携わる個人や事業を応援していく――。そんな流山市の姿は、少子高齢化時代の日本における希望のモデルケースとして、これからも全国の注目を集めるに違いありません。