『決断なんて「1秒」あればいい』- 雀鬼・桜井章一が教える迷わない生き方と仕事術
本書『決断なんて「1秒」あればいい』は、20年間無敗の「雀鬼」桜井章一氏が、損得や他人の評価に縛られず、瞬時に物事を決めるための哲学を説く一冊です。この記事では、特に忙しいビジネスパーソンに向けて、会社に依存しない生き方、知識より「感じる力」を重視する姿勢、そして決断の本質である「準備」の重要性を、書籍内の具体例と共に解説します。
本書の要点
- 厳しい道とやさしい道があれば、本能的に「厳しい道」を選ぶ。
- 会社や情報に「しがみつかない」生き方こそが、最良の決断を生む。
- 知識やデータ(確からしさ)に頼らず、自分の体験や「感じる力」を信じる。
- 「公」で汚れた心は「私」の時間で洗い、公私を明確に分ける。
- 決断とは「準備・実行・後始末」のサイクルであり、徹底した「準備」があれば決断は「1秒」で済む。
なぜ、あなたの決断は「1秒」でできないのか?
「今日のランチ、何にする?」
「A案とB案、どちらで進めるべきか……」
日常のささいな選択から、キャリアを左右する重大な決断まで、私たちは常に「決める」ことを迫られています。特にビジネスパーソンにとって、「決断力」は必須のスキルです。しかし、情報が多すぎたり、他人の評価が気になったりして、なかなか決められない。そんな経験はないでしょうか。
今回ご紹介する『決断なんて「1秒」あればいい』の著者・桜井章一氏は、大学時代から麻雀の裏プロとしてデビューし、以来20年間無敗という伝説を持つ、「雀鬼」の異名をとる人物です。
命のやり取りにも等しい勝負の世界で生きてきた彼が断言するのは、「決断なんて『1秒』あればいい」 という、あまりにも潔い哲学です。
なぜ彼は、瞬時にして最良の選択ができるのか。本書には、現代のビジネスパーソンが忘れかけている、「決める」ことの本質が詰まっています。
あなたは「会社依存症」になっていないか?
本書で桜井氏は、多くの人が「自分で決めている」ようで、実は「世間の価値観に踊らされている」だけではないか、と厳しく問いかけます。
特に会社員に対して、その視線は鋭い。
会社というものは基本的にチームプレーで動くからだ。
ということは、会社員は自分でほとんど何も決められないということになる。
(中略)
だから、報告、連絡、相談、いわゆる「ホウレンソウ」が鉄則などといわれるのである。
こんなにチェック機関があるところで、何かを自分で決め、そしてそれを実行するなど、とんでもないことである。
私たちは「ホウレンソウ」をビジネスの基本として学びますが、桜井氏に言わせれば、それは「自分で何も決められない」組織の仕組みに過ぎません。そして、その仕組みに安住し、毎月の給料という「しがみつき代」をもらうことで、知らず知らずのうちに「会社依存症」になっていると指摘します。
本書で語られる「会社依存症」の末路は強烈です。
ある一流企業の元社長が、退任する最後の日に総務部長に頼んだこと。それは、「明日で私は退任するのだが、何とか、あと三カ月分の定期券をもらうわけにはいかないか」というものでした。
最後の最後まで会社という存在から離れたくなかった、まさに「しがみついた老害」の姿です。これは、会社という「電車」に乗り、自分で運転することなく、ただ吊革にしがみついてきた人生の結末なのかもしれません。
「まっすぐ家に帰る」本当の意味
では、桜井氏の言う「決める」とは、一体どのような行為なのでしょうか。
彼は、物事を「決める」ということは、基本的に困難が伴うものだと言います。逆に、困難や危険を伴わないことは、別に決めても決めなくてもいい「どうでもいいこと」だと言い切ります。
著者が小学生の頃、「今日はまっすぐ家に帰ってみよう」と決めたエピソードが象徴的です。
会社員が言う「まっすぐ帰る(=寄り道しない)」とはワケが違います。著者の言う「まっすぐ」とは、学校と家を文字通り「一直線」で結ぶこと。
そこには塀があり、家があり、庭があり、家の向こうに、また家がある。他人の家の中や屋根の上を通って帰らなければ家には着かない。
(中略)
私は返事もせずに、高い所に飛び上がり、さらに一階の樋といにぶらさがると、勢いをつけて屋根の上に跳ね上がった。
他人の家の屋根を渡り歩き、不法侵入と怒鳴られながらも、傷だらけになって「まっすぐ帰る」ことを実行する。
これが、桜井氏の言う「自分で決めたことを実行する」という行為の原点です。そこには明確な「困難」と「リスク」が存在します。
厳しい道を選び続けた男の「結婚相手」の決め方
桜井氏の人生は、常に「厳しい道」を選ぶことの連続でした。学校では「勉強をしない」と決め、遊び倒す。裏社会の「代打ち」という、負けが許されない世界に身を投じる。
その基準は、人生最大の決断の一つである「結婚」においても揺らぎません。
当時、私には二十人近くの女がいた。その中からひとりだけ選び、その相手の女と結婚することに決めたのだ。
決めた「基準」は、それまでと同じであった。
このたくさんの女の中で、結婚して一番大変だろうなと思う女を選んだ。
普通、結婚相手は「希望」で選びます。家事をやってくれる、稼ぎがいい、一緒にいて楽しい。しかし桜井氏は、それは相手を「便利な女」「便利な男」として見ているに過ぎないと断じます。
彼は、「絶望」を必要条件にすべきだと説きます。
「この女は、俺と結婚しなければ、生きていけない。そのかわり、ちょっと間違えると、俺もダメになるかもしれない」
哲学者ソクラテスが「悪い妻を持てば、私のように哲学者になれる」と言ったように、あえて困難な道を選ぶことでしか学べないことがあると、著者は自らの人生で証明しているのです。
データ(経済紙)を読むな!「感じる力」を研ぎ澄ませ
「しがみつかない」「厳しい道を選ぶ」。これらは、まさに桜井氏の「生き方」そのものです。では、日々のビジネスシーンにおける「決め方」について、彼はどう語っているのでしょうか。
彼は、ビジネスパーソンが頼りがちな「情報」や「知識」を疑うよう促します。
断言するがそんなもの(経済紙など)は一切読まなくていい。
(中略)
情報から得たものはあくまで知識であって、それをいかに口にしようとたいした信用などにはならない。
会議で「新聞のデータによれば……」と語るより、「これは、私の体験から申し上げますが……」と語る方が、はるかに説得力がある。なぜなら、体験は君の中でいったん「済んでいる」ことであり、「澄んでいる」言葉になるからです。
著者は、この世に「確かなものなどない」と言います。小学生の時、先生が花瓶を指して「これは何ですか?」と聞いた時、著者は「虫です」と答えました。ちょうど指先に虫がいたからです。先生は「ちゃんと見なさい」と怒りましたが、著者からすれば「そっちこそ、ちゃんと見ろよ!」です。
私たちは「花瓶」という「確証」に安心し、それ以外の可能性(虫)を排除してしまう。しかし、大企業が潰れ、国すらなくなる時代において、「確からしさ」に頼ることほど危険なことはありません。
データや知識で頭を固めるのではなく、五感を研ぎ澄ませ、その場の空気や相手の心を「感じる力」。それこそが、瞬時の決断に不可欠な要素なのです。
将棋・羽生名人が「帰りたくなる」理由
この「感じる力」の重要性は、将棋の羽生善治名人との対談エピソードにも表れています。
ある日、道場にやってきた羽生名人は、桜井氏にこんな話をしました。
「会長、僕は永田町に呼ばれて行ってよく将棋を差すんですが、差しはじめて五分もしないうちに、もう帰りたくなるんです」
(中lime;)
「政治家で偉くなった人の将棋は、気持ち悪いんです」
桜井氏も「わかる、わかる」と即答します。
人前でどれだけ「いい人」を演じていても、勝負(麻雀や将棋)の場に出ると、その人間の本性や汚さがすべて現れる。二人の勝負師は、知識や理屈ではなく、肌感覚でその「気持ち悪さ」を「感じて」いるのです。
桜C井氏は、こうした「利」にならない「気づき」こそが本物だと言います。
旅先で出会った、農作業をする小さなおばあちゃん。咽喉が渇いているのを察し、何も言わずに冷たい水を差し出してくれた。その姿に、都会の「偉い人」たちには決してない、本物の素晴らしさを「感じる」。
あなたの決断の基準は、「得か損か」という「利」になっていませんか? それとも、羽生名人や桜井氏のように、心が「気持ちいい」か「気持ち悪い」かで判断する「感じる力」を信じますか?
決断は「準備」「実行」「後始末」がすべて
ここまで読むと、「桜井氏のような生き方は、常人には無理だ」と思うかもしれません。
しかし、本書の最後で、著者は「1秒」で決断するための、非常にロジカルな方法論を提示しています。
実は、「決断力」とはそんな大げさなものではなく、いかに前もって「準備」してあるか、ただそれだけのことなのだ。
レストランに入って、メニューを見て10分も悩む人がいますが、著者は1秒だと言います。なぜなら、店に入る前に「何を食べるか」を決めているからです。空腹だから店に入り、そばが食べたいからそば屋に入る。至極当然のことです。
「こうなったら、こうする」というシミュレーションをたくさん前もって考えておけば、決断はすぐに下せるのだ。
決断に時間がかかるのは、「考えている」のではなく、単に「迷っている」だけ。その裏には「損か、得か」「失敗したらどうしよう」という邪念があるからです。
著者が主宰する「雀鬼会」では、「準備・実行・後始末」の重要性を徹底的に教えます。
大きなプロジェクトを任されたら、まず「準備」として、起こりうるすべてのトラブル(予算、人員、上司の心変わりまで)を想定する。この「準備」が徹底されていれば、いざ問題が起きても、シミュレーション通りに「実行」するだけ。決断は「1秒」で済みます。そして、最後にきちんと「後始末」をつける。
あなたの仕事が遅いのは、決断力がないからではなく、この「準備」が圧倒的に足りないからなのかもしれません。
まとめ:あなたは「感じる力」で生きているか
本書『決断なんて「1秒」あればいい』は、単なる精神論ではありません。
「考えるな、感じろ」
電車の中で、お年寄りや妊婦さんが乗ってきた時、あなたは「席を譲るべきか」「損か得か」などと「考え」ますか?「感じる力」が正常なら、理屈抜きで体が動くはずです。
日常のあらゆる場面で思考を停止し、ただ「感じる力」を研ぎ澄ませてみる。
「気持ちがいい」か「悪い」か。
「(他人の家の屋根を渡ってでも)やりたい」か「やりたくない」か。
その訓練こそが、あなたの決断を「1秒」に短縮し、会社や情報に依存しない、揺るぎない自分軸をつくる第一歩となるはずです。







