なぜあの人は最後までやり抜けるのか?『実践版GRIT』に学ぶ、ビジネス成功のための「本物のグリット」獲得術
「やり抜く力(グリット)」は、ビジネスや人生で成功するために不可欠な要素として広く知られるようになりました。しかし、「グリット=根性」と誤解し、ただ闇雲に努力して疲弊していないでしょうか?
本書『実践版GRIT やり抜く力を手に入れる』は、単なる精神論ではなく、ポジティブ心理学の知見に基づき、「グリット」を科学的に高める方法を説いた一冊です。
著者のキャロライン・アダムス・ミラー氏は、グリットには「良いグリット」と「悪いグリット」があると指摘。そして、私たちが本当に目指すべきは、自分だけでなく周囲にも良い影響を与え、持続的な幸福につながる「本物のグリット」であると定義します。
この記事では、忙しいビジネスパーソンが明日から実践できるよう、本書の核となる「本物のグリットとは何か」「それを構成する要素は何か」「どうすれば高められるのか」を、具体的なエピソードと共に詳しく解説します。
本書の要点
- グリットとは何か:グリットとは、心理学者アンジェラ・ダックワース氏が定義した「長期的な目標に対する情熱と粘り強さ」を指します。
- 学歴よりグリット:現代の企業は、学歴や才能よりも、困難な状況でも諦めずにやり抜く力(グリット)を持つ人材を高く評価しています。
- 良いグリットと悪いグリット:グリットが高ければ良いわけではありません。不正や自己満足に陥る「虚栄グリット」や「強情グリット」を避け、他者を鼓舞する「本物のグリット」を目指す必要があります。
- グリットは後天的に鍛えられる:グリットは才能ではなくスキルです。情熱、幸福感、目標設定、自制心、リスク・テイキング、謙虚さ、粘り強さ、忍耐といった構成要素を意識的に鍛えることで、誰でも高めることができます。
- 科学的アプローチ:本書はポジティブ心理学に基づいた具体的なエクササイズを多数紹介しており、精神論ではなく実践的な「やり抜く力」の獲得術を学べます。
「グリット」とは何か? なぜ今、ビジネスパーソンに必要なのか
「グリット(GRIT)」という言葉を一躍有名にしたのは、心理学者のアンジェラ・ダックワース氏の研究です。彼女は、成功を収める人々に共通する特性は、才能や知能(IQ)以上に「長期的な目標に対する情熱と粘り強さ」、すなわち「グリット」であることを見出しました。
本書の著者、キャロライン・アダムス・ミラー氏も、このグリットの重要性を自身の息子のエピソードを通じて語っています。
彼女の息子は大学時代、情熱を注いでいた水泳に多くの時間を費やしました。その結果、成績は「まずまず」で、決して超高学歴のエリートとは言えませんでした。しかし、厳しい就職難にもかかわらず、彼は国内の大手会計事務所から次々と面接の案内を受け、最終的に内定を獲得します。
なぜ彼は選ばれたのか? 息子はこう答えたと言います。
「水泳のお陰だと思うよ。面接で本当に詳しく話すように求められたのは、何年間水泳を続けてきたのか、練習は1日に1回かそれとも2回か、大学生になってから挑戦し続けていることは何か、それから、3年生からの途中入部だったのにチームのキャプテンに選ばれたことについてだけだったんだ」
企業側は、彼の成績よりも、「何年も情熱を絶やさず、たとえ困難なときでも最後まで活動を続けてきた」というグリットを高く評価したのです。
これは、現代のビジネス環境を象徴する出来事です。
かつての自尊心教育ブーム(褒めて育てる教育)の影響で、現代の若い世代(ミレニアル世代)の中には、困難な課題に直面するとすぐに諦めてしまったり、少しの批判にもひどく落ち込んでしまったりする人が増えていると著者は指摘します。
企業は、高いパフォーマンスを発揮し続ける人材、つまり「ハードワークのこなし方を心得ていて、落胆を克服し、称賛が得られない状況でも喰らいついていくことができる」人材を求めています。
ビジネスの世界では、短期的な成果だけでなく、長期的なプロジェクトや困難な目標を達成することが求められます。変化の激しい現代において、やり抜く力=グリットは、ビジネスパーソンにとって最も重要なスキルの一つとなっているのです。
あなたの「やり抜く力」は間違っている? 良いグリットと悪いグリット
「とにかくやり抜けばいい」
「目標達成のためなら手段は選ばない」
もしあなたがこのように考えているなら、それは「悪いグリット」に陥っている危険性があります。著者は、グリットには良い面と悪い面があると警鐘を鳴らします。
例えば、アドルフ・ヒトラーも、彼自身の歪んだ目標に対しては異常なほどの情熱と粘り強さを持っていました。これもグリットの一形態ですが、到底「良いグリット」とは呼べません。
本書では、私たちが陥りがちな「悪いグリット」を3つのタイプに分類しています。
1. 虚栄グリット (Vanity GRIT)
これは、周囲からの称賛を得るために、困難なことを成し遂げたかのように見せかけるグリットです。
本書で挙げられているのが、アメリカの著名なニュースキャスター、ブライアン・ウィリアムズの事例です。彼は紛争地帯での取材中、ヘリコプターが砲撃されたといった武勇伝を語っていましたが、後にその多くが経歴詐称(でっちあげ)であったことが発覚し、キャリアを失墜させました。
ビジネスシーンで言えば、成果を水増し報告したり、他人の手柄を横取りしたり、経歴を偽って昇進しようとしたりする行為がこれにあたります。彼らはハードワークをせず、不正やごまかしで成功という「虚飾」に酔いしれます。
2. 強情グリット (Stubborn GRIT)
これは、状況の変化を無視し、もはや意味のなくなった目標を強情に追求し続けるグリットです。
エベレスト登山で「登頂熱」にかかった登山者の悲劇が例として挙げられています。悪天候の兆候があり、ガイドから引き返すよう忠告されても、彼らは「登頂」という目標に固執し、結果として命を落とすことがあります。
ビジネスにおいても、市場の変化や明らかな失敗の兆候が出ているにもかかわらず、「一度決めたことだから」とプロジェクトを強行し、会社に多大な損害を与えてしまうケースは「強情グリット」と言えます。
3. セルフィーグリット (Selfie GRIT)
これは、自分の功績をやたらと鼻にかけ、周囲への感謝を忘れるグリットです。いわゆる「自撮り」のように、常に自分が中心でなければ気が済みません。
著者は、ウサマ・ビン・ラディン暗殺作戦について「自分が撃った」と機密情報を暴露した特殊部隊員ロバート・オニールの例を挙げています。彼は英雄的な功績を上げましたが、部隊の「同胞愛の精神」を破り、手柄を独占しようとしたことで仲間から軽蔑されました。
自分の成功をSNSで過剰にアピールし、チームメンバーの貢献を無視するリーダーは、この「セルフィーグリット」に陥っているかもしれません。
目指すべきは「本物のグリット」
では、私たちが目指すべき「良いグリット」とは何でしょうか?
著者はそれを「オーセンティック・グリット(本物のグリット)」と名付け、次のように定義しています。
「高い目標に対する情熱的な追求であり、周囲の人の畏敬の念を引き起こし、より良い人間へと成長し、精神的な持続的幸福を獲得し、ポジティブなリスクを冒し、最高の人生を送りたいというモチベーションを引き出すもの」
「本物のグリット」を持つ人は、ただ粘り強いだけではありません。その姿が周囲の人々に「私も頑張ろう」「自分ももっと成長したい」というポジティブな影響を与えるのです。
本書では、ゴルフ界のタイガー・ウッズとケイシー・マーティンが比較されています。
ウッズは並外れたグリットで伝説的な功績を上げましたが、その一方でコース内外での振る舞いが常にロールモデルと見なされていたわけではありませんでした。
対照的に、ケイシー・マーティンは、先天性の難病で右足に障害を抱えながらも、プロゴルフ協会を相手取って訴訟を起こし、カートの使用を認めさせてプレーを続けました。彼は世界的な名声こそ得ませんでしたが、その逆境に屈しない情熱的な姿勢は、多くの人々に勇気を与えました。これこそが「本物のグリット」の姿です。
「本物のグリット」を持つ人には、以下のような共通の特徴があります。
- ポジティブな人間関係:彼らは他者と喜びを分かち合い、強いサポートチームを築きます。
- 希望と楽観:未来に対してポジティブな信念を持っているため、困難にぶつかっても諦めません。
- 謙虚さ:自分の成功をひけらかさず、他者から学ぶ姿勢を持っています。
- 調和的情熱:一つのことに執着しすぎず、人生の他の側面とのバランスが取れています。
- しなやかマインドセット:自分の能力は努力によって伸ばせると信じています。
「本物のグリット」を構成する8つの要素と高め方
「本物のグリット」は才能ではなく、鍛えることのできるスキルです。本書の第2部では、グリットを育てるための具体的な要素が解説されています。ここでは、ビジネスパーソンにとって特に重要な8つの要素とその高め方を紹介します。
1. 情熱 (Chapter 8)
グリットの原動力は情熱です。しかし、何にでも情熱を燃やす「執着的情熱」ではなく、人生の他の側面とも調和する「調和的情熱」を持つことが重要です。
退職後に生きる目的を失いかけていたジャック・ヘアーストンは、偶然、近所の若者の自転車を修理したことをきっかけに、自転車修理のボランティアに情熱を見出しました。その活動は広がり、最終的には何百人もの子どもたちに自転車を寄付するチャリティ団体へと発展しました。彼の情熱は、彼自身の人生だけでなく、コミュニティ全体をも豊かにしたのです。
【高め方】
* 情熱の対象を洗い出す:自分がエネルギーを感じる活動は何か? 余暇に何をしているか? 絶対に失敗しないとしたら何をしたいか? 幼い頃に夢中になっていたことは何か?(本書のエクササイズより)
* 興味を絞り込む:多くのことに興味が分散していると情熱は育ちません。一番関心のあることを選び、深く掘り下げてみましょう。
2. 幸福感 (Chapter 9)
多くの人は「成功すれば幸せになれる」と考えますが、ポジティブ心理学の研究は逆の事実を示しています。「幸せだから成功する」のです。
幸福感が高い人は、より創造的で、人間関係が良好で、困難な状況でも粘り強さを発揮できます。著者は、幸福な人生の構成要素として「PERMA理論」を紹介しています。
- Positive emotion(ポジティブ感情)
- Engagement(エンゲージメント:没頭)
- positive Relationship(ポジティブな人間関係)
- Meaning(意味や意義)
- Achievement(達成・成功)
【高め方】
* 感謝を実践する:その日にあった良かったことを3つ書き出す。感謝の手紙を書く。
* 自分の強みを活かす:自分が得意なこと(強み)を意識して仕事や日常生活で使うようにします。
3. 目標設定 (Chapter 10)
グリットの高い人は、必ず「具体的で困難な目標」を持っています。低い目標ではグリットは必要ありません。
グーグルX(Googleの秘密研究機関)は、「月まで続く階段」「自動運転車」といった「ほぼ不可能に近い目標」をあえて設定することで、革新的なイノベーションを生み出しています。
ただし、目標には2種類あることに注意が必要です。
* ラーニング・ゴール:新しいスキルや知識を習得するための目標。「ベストを尽くす」ことが重要。
* パフォーマンス・ゴール:特定の成果を出すための目標。具体的な数値や期限が重要。
起業したばかりのルイーズは、すべてが未経験で「ラーニング・ゴール」を設定すべきなのに、いきなり高い「パフォーマンス・ゴール」を立てたため、失敗を繰り返して自信を失いました。
【高め方】
* アカウンタビリティ(説明責任)を持つ:目標を他者に公言し、進捗を報告する相手(コーチ、メンター、マスターマインド・グループ)を持つこと。一人でやろうとすると挫折しやすくなります。
* 目標を書き出す:「未来の理想の自分像(10年後)」を具体的に書き出すエクササイズは、希望を高め、目標への行動を促します。
4. 自制心 (Chapter 11)
自制心、つまり「満足を先延ばしにする力」は、グリットの核となるスキルです(有名な「マシュマロ・テスト」がこれを示しています)。
研究によれば、意志力は筋肉に似ており、使うと消耗します。オバマ元大統領は、重要な決断のために意志力を温存するため、着るスーツをブルーかグレーに限定し、「何を着るか」という決断を日常から排除していました。
【高め方】
* ルーチン化する:オバマ氏のように、重要でない決断はルーチン化し、意志力の無駄遣いを防ぎます。
* 誘惑を遠ざける:マシュマロ・テストで我慢できた子どもがマシュマロから顔を背けたように、誘惑の原因そのものを視界や環境から排除します。
* アルコールを控える:アルコールは意志力を最も枯渇させる要因の一つです。
5. リスク・テイキング (Chapter 12)
グリットの高い人は、新しい境地を切り開くために、失敗を恐れずに適切なリスクを取ります。
競泳のケイティ・レデッキーは、15歳で初出場のオリンピックで金メダルを獲得しました。彼女のコーチは「ケイティは失敗を恐れることはない。かといって、彼女の中には失敗するという選択肢もない」と語っています。
多くの人は「損失回避」の心理から、失敗を恐れてリスクを取れません。しかし著者は、失敗からこそ多くを学べると言います。スパンクス社の創業者サラ・ブレイクリーは、父親から「今日どんな失敗をした?」と聞かれて育ち、失敗を称賛する文化の中で成長しました。
【高め方】
* 「なぜ?」ではなく「なぜしないのか?」と問う:行動しない理由を探すのではなく、行動すべき理由に焦点を当てます。
* 小さなリスクから始める:いきなり大きなリスクを取るのではなく、まずは安全な範囲でコンフォート・ゾーンの外に出てみましょう。
6. 謙虚さ (Chapter 13)
意外に思われるかもしれませんが、謙虚さは「本物のグリット」に不可欠な要素です。ジム・コリンズの研究でも、「偉大な」企業へ飛躍した企業のCEOは非常に謙虚であったことがわかっています。
謙虚なリーダーは、自分の非を認めて他者の意見に耳を傾け、学ぶ意欲が高いです。その結果、強いチームを作り、長期的な成功を収めます。
逆に、傲慢な実業家マイケルは、自分の話ばかりして人の意見を聞かなかったため、新しい事業の人材集めに苦労しました。彼はコーチングによって謙虚さ(=他者の話を聞く姿勢)を学び、成功を収めました。
【高め方】
* 「ギバー(与える人)」になる:アダム・グラントの研究によれば、見返りを求めずに他者に与える「ギバー」が最終的に最も成功します。
* フィードバックを求める:自分を褒めてくれる人ではなく、率直なフィードバックをくれる人にアドバイスを求めましょう。
7. 粘り強さ (Chapter 14)
粘り強さとは、困難に直面しても諦めない力、「上手にもがく」力です。
グリットの高い人は、ハードワークが嫌いではないわけではありません。彼らは、目標達成のために必要な代償としてそれを受け入れ、乗り越えるすべを知っているだけです。
【高め方】
* 先延ばしに対処する:「実行意図(if-thenルール)」を使います。「(Xが起きたら、Yをする)」と決めておくのです。例:「朝起きたら、まず5分間ストレッチをする」。
* 「まだ」の力を使う:キャロル・ドゥエックの研究によれば、「できない」ではなく「まだできない」と考えるだけで、しなやかマインドセットが育まれ、粘り強さが増します。
* グリットの高い環境に身を置く:ダックワースの研究では、グリットは伝染することがわかっています。粘り強く努力する人たちの中に身を置きましょう。
8. 忍耐 (Chapter 15)
長期的な目標達成には忍耐が不可欠です。しかし、現代は「即座の満足」を求める文化に溢れています(ネットフリックスの一気見、スマホの通知など)。
アインシュタインの重力波の存在を証明するために、何十年も研究に人生を捧げた科学者たちがいます。彼らのように、すぐに結果が出なくてもじっくりと目標に取り組む忍耐力が、本物のグリットには必要です。
【高め方】
* あえて待つ:人気のレストランの行列に並んでみる、決断をすぐにせず一晩寝かせてみる、といった「待つ」経験が忍耐力を養います。
* チェスやガーデニングをする:戦略的思考と忍耐を要するチェスや、時間をかけて育てるガーデニングは、忍耐力を鍛える優れたトレーニングになります。
まとめ:今日から始める「本物のグリット」実践法
『実践版GRIT やり抜く力を手に入れる』は、「やり抜く力」が一部の特別な人間に与えられた才能ではなく、誰もが習得し、高めることができるスキルであることを教えてくれます。
ビジネスパーソンとして長期的な成功を収めたいのであれば、目先の安易な成功や「虚栄グリット」に惑わされてはいけません。
大切なのは、自分自身の情熱に基づいた「具体的で困難な目標」を持ち、それを達成するために、幸福感、自制心、謙虚さ、忍耐といった要素を日々鍛錬していくことです。
本書には、ここで紹介した以外にも多くのエクササイズが掲載されています。
例えば、一日の終わりに「その日にやり遂げた3つの大変だったこと」を書き出すエクササイズ。これは、自分が困難を乗り越えた経験を認識することで、自尊心と粘り強さを高める効果があります。
まずは一つでも構いません。本書の教えを実践し、あなた自身の「本物のグリット」を育て始めてみてはいかがでしょうか。その一歩が、あなたのキャリアと人生を、より豊かで意義深いものに変えていくはずです。







