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経営戦略100年の進化史:巨人の知恵をビジネスの最前線へ【多忙なビジネスパーソン必読】

ヒガマツコ

本記事では、20世紀初頭から現代に至る約100年間の経営戦略論の壮大な進化の歴史を紐解きます。フレデリック・テイラーの科学的管理法から始まり、マイケル・ポーターらが牽引したポジショニング派と、組織能力を重視するケイパビリティ派の長きにわたる論争、そして現代の不確実な時代に対応するためのアダプティブ戦略やリーン・スタートアップまで、主要な戦略思想とその背景、具体的な企業事例を交えながら解説します。多忙なビジネスパーソンが、歴史に名を刻んだ巨人たちの知恵を学び、現代の複雑な経営環境を乗り越えるための戦略的視座を得ることを目指します。

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目次
  1. 本書の要点
  2. はじめに:複雑怪奇な経営戦略の歴史とその本質
  3. 第1章 近代マネジメントの3つの源流(1910~1930年代)
  4. 第2章 近代マネジメントの創世(1930~60年代)
  5. 第3章 ポジショニング派の大発展(1960~80年代)
  6. 第4章 ケイパビリティ派の群雄割拠(1980~90年代)
  7. 第5章 ポジショニングとケイパビリティの統合と整合 (1990年代~)
  8. 第6章 21世紀の経営環境と戦略諸論(2000年代~)
  9. 第7章 最後の答え「アダプティブ戦略」 (2010年代~)
  10. おわりに:100年の知恵を未来の戦略へ

本書の要点

  • 経営戦略論は、市場での有利な「位置取り」を重視するポジショニング派と、企業内部の「能力」を重視するケイパビリティ派という2つの大きな潮流を中心に、互いに影響し合いながら発展してきた。
  • 20世紀初頭に活躍したフレデリック・テイラー(科学的管理法)、エルトン・メイヨー(人間関係論)、アンリ・フェイヨル(経営管理プロセス)らの理論は、現代経営学の礎となっている。
  • マイケル・ポーターの「5フォース分析」や「バリューチェーン」、ボストン コンサルティング グループの「成長・シェアマトリクス(PPM)」など、数々の画期的なフレームワークが戦略策定の思考を進化させてきた。
  • キヤノンやホンダといった日本企業の躍進は、ケイパビリティ戦略の重要性を示し、世界の経営戦略論に大きな影響を与えた。
  • 現代のように変化が激しく予測困難な時代においては、計画に固執せず、試行錯誤を重視する「アダプティブ戦略」が注目されている。

はじめに:複雑怪奇な経営戦略の歴史とその本質

経営戦略の歴史は、まるで八岐大蛇のように多様な起源を持ち、絶えず変化する学派が複雑に絡み合っています。 しかし、その本質は一つであり、それを理解し使いこなせれば、ビジネスにおける強力な武器となり得ます。

この数十年の経営戦略史を最も簡潔に語るならば、「1960年代に始まったポジショニング派が80年代までは圧倒的で、それ以降はケイパビリティ(組織・ヒト・プロセスなど)派が優勢」となります。 前者の旗手がマイケル・ポーターであり、「外部環境が重要で、儲かる市場で儲かる立場を占めれば勝てる」と主張しました。 一方、後者の代表格であるジェイ・バーニーらは「内部環境が重要で、自社の強みがあるところで戦えば勝てる」と論じ、両者は互いの戦略論を批判し合ってきました。

この対立の背景には、フレデリック・テイラーを祖とする「大テイラー主義(定量的分析や定型的計画プロセスで経営戦略は理解・解決できる)」と、エルトン・メイヨーの流れを汲む「大メイヨー主義(企業活動は人間的側面が重く定性的議論しか馴染まない)」という、二つの大きな思想的潮流の戦いがありました。

21世紀に入り、経済・経営環境の変化や技術進化のスピードが劇的に加速する中で、従来のポジショニングもケイパビリティも急速に陳腐化する時代となりました。 そこで登場したのが、「やってみなくちゃわからない。どんなポジショニングでどのケイパビリティで戦うべきなのか、試行錯誤して決めよう」というアダプティブ戦略です。

本記事では、この100年にわたる経営戦略論の変遷を、巨人たちの思想や具体的な企業の成功・失敗事例を交えながら、忙しいビジネスパーソンの皆様にも分かりやすく解説していきます。

第1章 近代マネジメントの3つの源流(1910~1930年代)

経営戦略論の源流をたどると、20世紀初頭に活躍した3人の巨匠に行き着きます。彼らの思想が、その後の経営戦略論すべてのベースを形作りました。

「科学的管理法」の父:フレデリック・テイラー

フレデリック・テイラーは、19世紀末から20世紀初頭にかけての工場における「怠業」「不信」「恐怖」に満ちた状況を目の当たりにし、生産性向上のための「科学的管理法」を提唱しました。 彼はストップウォッチやメジャーを使って作業の時間分析や動作研究を行い、それまでの経験と勘に頼った「目分量方式」を排し、客観的データに基づいた作業標準化と課業管理を導入しました。

例えば、ベスレヘム・スチールにおけるショベル作業の研究では、ショベル1杯あたりの最適重量を21ポンド(約9.5kg)と割り出し、すくう物に合わせて8種類の標準ショベルを用意しました。 これにより、作業者1人あたりの作業トン数は平均16トンから59トンへと3.7倍に増加し、賃金も63%増加した一方で、会社全体のコストは半減しました。 テイラーの目指したものは、生産性向上による恩恵を労使双方が享受し、相互信頼・協調関係を築くことでした。

「人間関係論」の始祖:エルトン・メイヨー

テイラーの科学的管理法が「合理的経済人」を前提としていたのに対し、エルトン・メイヨーはホーソン実験などを通じて、「ヒトは経済的対価よりも社会的欲求の充足を重視する感情的存在(社会人・情緒人)である」ことを見出しました。

ミュール紡績工場での実験では、1日4回10分ずつの休憩時間を導入したところ、年間250%にも達していた離職率が劇的に低下し、生産性も向上しました。 メイヨーは、この原因を単なる休憩時間の導入だけでなく、従業員の話を真摯に聴いたことや、経営者からの信頼感、仲間意識の高まりなど、人間関係にあると考えました。 ウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場でのリレー組み立て作業実験では、賃金や休憩時間、照明などの物理的労働条件を変えても、選ばれた従業員たちの生産性は上がり続けました。 彼女たちのプライドや連帯感が物理的条件を凌駕したのです。

メイヨーの研究は、モチベーション研究やリーダーシップ研究、カウンセリング研究といった現代の行動科学の基礎となり、「管理者と作業者の対話によって生産性は上がる」という新たな視点を提供しました。

全社的「統治プロセス」の確立:アンリ・フェイヨル

フランスの実業家であったアンリ・フェイヨルは、自身の豊富な経営経験から、企業活動全体を管理するための普遍的なプロセスを提唱しました。 彼は企業活動を「技術活動」「商業活動」「財務活動」「保全活動」「会計活動」「経営活動(アドミニストレーション)」の6つに分類し、特に経営活動を重視しました。

そして、この経営活動を「計画(Planning)」「組織化(Organizing)」「指令(Commanding)」「調整(Coordinating)」「統制(Controlling)」という5つの要素(POCCCサイクル)に分け、これを回し続けることが企業経営の要であるとしました。 これは現代のPDCAサイクルの原型とも言えます。テイラーが工場の現場管理に注力したのに対し、フェイヨルは企業全体の統治という、より広い視野で経営を捉えました。

第2章 近代マネジメントの創世(1930~60年代)

1930年代から60年代にかけて、経営戦略論はさらなる進化を遂げます。世界恐慌や第二次世界大戦といった激動の時代背景の中、企業経営のあり方そのものが問われ、新たな理論や概念が次々と生み出されました。

「経営戦略」の真の父:イゴール・アンゾフ

イゴール・アンゾフは、「市場における競争」という概念を経営に持ち込み、「経営戦略」を明確に定義したことで「経営戦略の真の父」と称されます。 彼は企業の意思決定を「戦略(Strategy)」「組織(Structure)」「システム(Systems)」の3つに分け(3Sモデル)、中でも戦略的意思決定をトップマネジメントの最重要責務と位置づけました。

アンゾフの最も有名な功績の一つが、「アンゾフ・マトリクス(製品・市場マトリクス)」です。 これは、企業が成長戦略を考える上で、「既存製品×既存市場(市場浸透)」、「新規製品×既存市場(製品開発)」、「既存製品×新規市場(市場開拓)」、「新規製品×新規市場(多角化)」の4つの方向性を示すフレームワークです。 アンゾフは、特に多角化戦略において、既存事業とのシナジーの重要性を強調しました。 また、「競争に勝つにはコアとなる強みがなくてはならない」という考えは、後のコア・コンピタンス論や資源ベース戦略論(RBV)の先駆けとなりました。

「組織は戦略に従う」?:アルフレッド・チャンドラー

経営史家アルフレッド・チャンドラーは、デュポンやGMなどの大企業の事例研究を通じて、「組織は戦略に従う」という有名な命題を提示しました。 彼の著書『Strategy and Structure(邦題:組織は戦略に従う)』は、企業が多角化戦略を進める中で、従来の集権的職能別組織から事業部制へと移行していった歴史を詳細に分析しています。

しかし、チャンドラー自身が本当に言いたかったことは、「組織と戦略は相互に影響し合う」ということであり、「戦略は外部環境に従って変わりやすいが、組織はなかなか変わらないため、戦略実行の妨げになることが多い」という点でした。 彼はまた、「組織が変わることで戦略が変わることも多い」とも指摘しており、例えば事業部制の導入が多角化を促進するケースを挙げています。 このように、戦略と組織の関係は一方通行ではなく、相互依存的なものであることを理解することが重要です。

SWOT分析の普及と限界:ケネス・アンドルーズ

ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のケネス・アンドルーズは、企業戦略プランニングの手法を体系化し、その中で「SWOT分析」を広めました。 SWOT分析は、企業の内部環境における「強み(Strengths)」「弱み(Weaknesses)」と、外部環境における「機会(Opportunities)」「脅威(Threats)」を整理するためのフレームワークです。

しかし、アンドルーズ自身は、SWOT分析はあくまで戦略を策定するための整理ツールであり、それだけで機械的に戦略が決まるものではないと考えていました。 彼は、企業戦略は個々の状況に応じた「アート」であるとし、ケーススタディを通じた徹底的な議論によって戦略策定能力を磨くことを重視しました。 後年、ハインツ・ワイリックによって、SWOTの各要素をクロスさせて戦略オプションを導き出す「TOWS分析」が考案されましたが、これもあくまでオプション出しのツールであり、最終的な戦略決定は人間の判断に委ねられます。

マーケティングの体系化:フィリップ・コトラー

「マーケティングの神様」フィリップ・コトラーは、それまで断片的だったマーケティング理論を体系化し、『マーケティング・マネジメント』というバイブル的教科書を通じて世界に広めました。 彼は戦略的マーケティング・プロセスを「R・STP・MM・I・C」として提示しました。

特に重要なのが「STP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)」と「MM(マーケティング・ミックス、いわゆる4P:製品、価格、流通チャネル、プロモーション)」です。 STPは、市場を細分化し、狙うべきターゲット顧客を定め、競合に対する差別化ポイントを明確にすることです。 MMは、STPで定めた戦略を具体的な戦術に落とし込むための要素の組み合わせです。 コトラーはまた、「プロダクト・ライフサイクル(PLC)戦略」や「競争的マーケティング戦略(リーダー、チャレンジャー、フォロワー、ニッチャー)」といった概念も紹介しましたが、これらは時に矛盾する側面も持っています。 例えば、PLC戦略が「戦略は製品ステージで決まる」とするのに対し、競争的マーケティング戦略は「戦略は市場ポジションで決まる」とします。

第3章 ポジショニング派の大発展(1960~80年代)

1960年代から80年代にかけては、マイケル・ポーターを筆頭とするポジショニング派が経営戦略論の主流を形成しました。市場における自社の有利なポジションをいかに築き、維持するかが戦略の中心課題とされました。

BCGの衝撃:「経験曲線」と「成長・シェアマトリクス(PPM)」

ブルース・ヘンダーソンによって設立されたボストン コンサルティング グループ(BCG)は、1960年代後半から70年代にかけて、画期的な戦略ツールを次々と発表し、経営戦略の世界に大きな影響を与えました。

その一つが「経験曲線(Experience Curve)」です。これは、累積生産量が増えるにつれて、単位あたりのコストが一定の割合で低下していく現象を示したもので、企業が市場シェアを拡大することの戦略的重要性を理論的に裏付けました。 日本企業の低価格戦略による市場席巻のメカニズムも、この経験曲線によって説明されました。

そして、BCGが生み出した最も有名なツールが「成長・シェアマトリクス(PPM:プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)」です。 これは、事業を「市場成長率」と「相対的市場シェア」の2軸で評価し、「花形(Star)」「金のなる木(Cash Cow)」「問題児(Problem Child)」「負け犬(Dog)」の4象限に分類するフレームワークです。 これにより、企業は多角化した事業ポートフォリオ全体を評価し、資源配分の優先順位を決定するための強力な武器を得ました。 例えば、「金のなる木」で得たキャッシュを「花形」や選別した「問題児」に投資し、「負け犬」からは撤退するという戦略判断が可能になります。 PPMは、特にオイルショック以降、事業の選択と集中を迫られた多くの大企業で活用されました。

ポジショニング派のチャンピオン:マイケル・ポーター

ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーターは、1980年に出版された『競争の戦略』において、「5フォース分析」と「3つの基本戦略」という強力なフレームワークを提示し、ポジショニング派のチャンピオンとしての地位を確立しました。

5フォース分析」は、業界の収益性を決定する5つの競争要因(①業界内の競争、②新規参入の脅威、③代替品の脅威、④買い手の交渉力、⑤供給者の交渉力)を分析することで、その業界が「儲かる市場」であるかどうかを評価するツールです。 ポーターは、戦略の第一歩として、魅力的な業界を選ぶことの重要性を説きました。

次に、「3つの基本戦略」は、企業が競争優位を築くための基本的な戦略の型を示したものです。それは、「コストリーダーシップ戦略(競合よりも低いコストで製品やサービスを提供する)」、「差別化戦略(競合にはない独自の価値を提供する)」、そして「集中戦略(特定の顧客セグメントや製品分野に経営資源を集中する)」の3つです。 ポーターは、これらの戦略のいずれかを明確に選択し、中途半端な状態(Stuck in the middle)を避けるべきだと主張しました。

さらに1985年の『競争優位の戦略』では、「バリューチェーン(価値連鎖)」という概念を提唱しました。 これは、企業の活動を購買物流、製造、出荷物流、販売・マーケティング、サービスといった主活動と、人事・労務管理や技術開発などの支援活動に分解し、それぞれの活動がどのように価値を生み出しているかを分析するものです。 これにより、企業は自社の強みや弱みを具体的に把握し、競争優位の源泉を特定することができます。

ポーターの理論は、経営戦略を「儲けられる市場」を選び、そこで「儲かる位置取り」をするという「ポジショニングの選択」の問題として捉え、経済学的な分析手法を経営学に持ち込んだ点で画期的でした。

第4章 ケイパビリティ派の群雄割拠(1980~90年代)

1980年代に入ると、ポジショニング派の優位性に疑問が投げかけられ始めます。キヤノンやホンダといった日本企業が、既存の業界秩序を打ち破り、目覚ましい成功を収めたことが大きな契機となりました。これらの企業は、必ずしも有利なポジションにいたわけではなく、むしろ独自の技術力や生産システムといった内部の「ケイパビリティ」を強みとしていました。ここから、ケイパビリティを重視する多様な戦略論が花開くことになります。

日本企業の躍進と「ホンダ効果」

1970年代から80年代にかけて、キヤノンは複写機市場で絶対王者ゼロックスに挑み、ホンダは自動車市場でビッグ3に果敢に挑戦しました。 これらの日本企業は、当初は市場でのポジションが弱く、ポーター流の分析では成功の可能性が低いと見なされていました。 しかし、キヤノンは光学技術や精密機械技術といったコア技術を活かして独自の複写機を開発し、ホンダはCVCCエンジンのような革新的な技術リーンな生産方式で高品質・低燃費の自動車を市場に送り出しました。

特にホンダのアメリカバイク市場での成功は大きな議論を呼びました。 当初、BCGはホンダの成功を経験曲線と市場セグメンテーションによるポジショニング戦略の成果として分析しました。 しかし、マッキンゼーのリチャード・パスカルは、ホンダの幹部へのインタビューから、「ホンダに当初、明示的な戦略はなく、失敗を積み重ねる中で創発的に戦略が生まれてきた」と結論づけ、これを「ホンダ効果」と名付けました。 これは、結果(成功)から逆算してそのプロセスまで合理的だったと解釈してしまう西洋的思考への警鐘であり、計画的戦略だけでなく、試行錯誤や人間的要素の重要性を示すものでした。

『エクセレント・カンパニー』と「7S」

トム・ピーターズとロバート・ウォーターマンは、マッキンゼーでの調査をもとに、1982年に『エクセレント・カンパニー』を出版し、ベストセラーとなりました。 彼らは、成功企業の要因を分析し、ハードS(戦略、組織構造、システム)だけでなく、ソフトS(人材、スキル、経営スタイル、共有価値観)の重要性を説く「7S」というフレームワークを提示しました。 特に「共有価値観」が中心に据えられ、企業文化のようなソフトな要素が業績に大きく影響することを示唆しました。 これは、分析的・計画的なポジショニング戦略とは対照的に、組織内部の人間的側面や文化の重要性を強調するものでした。

「タイムベース競争戦略」と「リエンジニアリング」

BCGのジョージ・ストークらは、日本企業の生産現場などを研究し、「時間」を競争優位の新たな源泉とする「タイムベース競争戦略」を提唱しました。 顧客への対応時間や製品開発期間、生産リードタイムなどを短縮することで、付加価値向上とコスト削減を同時に実現できると主張しました。

ほぼ同時期に、マイケル・ハマーらは「リエンジニアリング」という概念を提唱し、既存のビジネスプロセスを根本から見直し、抜本的に再設計することを主張しました。 情報技術(IT)を活用し、顧客志向で業務プロセスを劇的に効率化することを目指しましたが、その急進的なアプローチは多くの企業でリストラクチャリング(人員削減)の手段として誤用され、ブームは短期間で終焉しました。

「コア・コンピタンス」と「資源ベース戦略(RBV)」

ゲイリー・ハメルとC・K・プラハラードは、『コア・コンピタンス経営』において、企業が持続的な競争優位を築くためには、他社が模倣しにくく、多様な市場に応用可能で、顧客価値の創造に貢献する「コア・コンピタンス」を特定し、育成することが重要だと説きました。 ホンダのエンジン技術やシャープの液晶技術などがその例として挙げられます。

これらのケイパビリティ重視の流れを学術的に体系化したのが、ジェイ・バーニーらによる「資源ベース戦略(Resource-Based View:RBV)」です。 RBVは、企業の競争優位の源泉を、市場のポジションではなく、企業が保有する独自の経営資源(有形資産、無形資産、ケイパビリティ)とその活用方法にあると考えます。 ある経営資源が持続的な競争優位につながるかどうかは、VRIOフレームワーク(Value:経済価値、Rarity:希少性、Imitability:模倣困難性、Organization:組織)によって評価されます。

「学習する組織」と「知識創造経営」

ピーター・センゲは『学習する組織』で、変化の激しい環境下で企業が持続的に成長するためには、組織全体が継続的に学習し、自己変革していく能力が不可欠であると主張しました。 一橋大学の野中郁次郎は、竹内弘高との共著『知識創造企業』で、個人の持つ暗黙知を形式知化し、組織全体で共有・発展させていく「SECIモデル(共同化、表出化、連結化、内面化)」を提唱し、日本企業の強みとされた組織的な知識創造のメカニズムを明らかにしました。 これらは、イノベーションを生み出すための組織ケイパビリティの重要性を示唆しています。

第5章 ポジショニングとケイパビリティの統合と整合 (1990年代~)

1990年代に入ると、ポジショニング派とケイパビリティ派の対立は、両者の統合や状況に応じた使い分けを模索する動きへと変化していきます。どちらか一方だけでは不十分であり、両者をいかに組み合わせるかが新たな焦点となりました。

ポーターの反撃:『戦略とは何か』

ケイパビリティ派の隆盛に対し、1996年、マイケル・ポーターはハーバード・ビジネス・レビューに『戦略とは何か(What Is Strategy?)』を発表し、反撃に出ます。 彼は、ケイパビリティ戦略の多くを「戦略ではなく単なる業務効率化だ」と批判し、戦略の本質はトレードオフ(何かを選び、何かを捨てること)にあると改めて強調しました。 そして、独自のポジショニングを支えるために、企業活動が相互にフィット(整合)していることの重要性を説きました。 しかし、この論文はミンツバーグらから「戦略学習や創発的戦略を無視している」などの批判も受け、論争を再燃させました。

ミンツバーグの「コンフィギュレーション」アプローチ

ヘンリー・ミンツバーグは、『戦略サファリ』などで、経営戦略には多様な学派(ポジショニング、ケイパビリティ、ラーニング、カルチャーなど)があり、唯一絶対の正解はないと主張しました。 彼は、企業の置かれた状況や発展段階に応じて、これらの戦略アプローチを適切に組み合わせる「コンフィギュレーション」の重要性を説きました。 これは、アンゾフが既に1970年代に提唱していた、外部環境の「乱気流度合い」に応じて戦略と組織能力を整合させるべきという考え方にも通じます。 ミンツバーグは、戦略策定は計画的なプロセスだけでなく、創発的(試行錯誤の中から生まれる)なプロセスも重要であるとしました。

「バランスト・スコアカード(BSC)」による多視点的経営管理

ロバート・キャプランとデビッド・ノートンは、1990年代初頭に「バランスト・スコアカード(BSC)」を提唱しました。 これは、従来の財務指標偏重の業績管理に対し、「財務の視点」に加えて「顧客の視点」「内部業務プロセスの視点」「イノベーションと学習の視点」という4つの視点からバランスよく経営を評価・管理するフレームワークです。 BSCは、企業のビジョンや戦略を具体的な行動計画に落とし込み、その進捗を多角的に測定することで、戦略実行力を高めることを目的としています。 ポジショニング(顧客の視点)とケイパビリティ(業務プロセスや学習の視点)を統合し、それらを財務成果に結びつけようとする試みとして評価されました。

『ブルー・オーシャン戦略』:競争のない市場を創造する

W・チャン・キムとレネ・モボルニュは、2005年に『ブルー・オーシャン戦略』を発表し、世界的なベストセラーとなりました。 彼らは、競争の激しい既存市場(レッド・オーシャン)で血みどろの戦いを繰り広げるのではなく、競争のない未開拓市場(ブルー・オーシャン)を創造することの重要性を説きました。 ブルー・オーシャン戦略の核心は「バリュー・イノベーション」であり、顧客にとっての価値を高めると同時にコストを削減するという、差別化と低コストの同時実現を目指します。 ポーターが主張した「差別化かコストリーダーシップか」というトレードオフの関係を打ち破る考え方です。 任天堂のWiiやシルク・ドゥ・ソレイユなどがその成功事例として挙げられています。 「戦略キャンバス」や「ERRC(なくす・減らす・増やす・創る)グリッド」といった分析ツールも提示され、実践的な戦略論として注目されました。

第6章 21世紀の経営環境と戦略諸論(2000年代~)

21世紀に入り、グローバル化、デジタル化、そして不確実性の増大といった環境変化はますます加速しています。このような時代において、企業はどのような戦略を目指すべきなのでしょうか。イノベーション、リーダーシップ、ラーニングといったテーマが、これまで以上に重要性を増しています。

「破壊的イノベーション」の衝撃:クレイトン・クリステンセン

ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセンは、『イノベーションのジレンマ』で、「破壊的イノベーション」という概念を提唱し、大きな影響を与えました。 彼は、優れた企業が顧客の声に耳を傾け、既存技術を改良していく「持続的イノベーション」に注力するあまり、一見性能が劣るものの、新たな価値(低価格、シンプルさ、利便性など)を提供する新技術やビジネスモデルによって市場を奪われる現象を指摘しました。 例えば、かつてのメインフレームコンピュータに対するパーソナルコンピュータ、フィルムカメラに対するデジタルカメラなどがその例です。

クリステンセンは、このジレンマを克服するためには、既存事業とは独立した小さな組織で、新たな顧客層をターゲットに破壊的イノベーションに取り組む必要があると説きました。 また、イノベーションを生み出すリーダーには、「関連づける力」「質問力」「観察力」「ネットワーク力」「実験力」といった5つの基本的な発見力が重要であると述べています。

新興国の台頭と「リバース・イノベーション」

21世紀の大きな特徴の一つが、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)に代表される新興国の急速な経済成長です。 これに伴い、世界の経済力の中心は先進国から新興国へとシフトしつつあります。また、年間所得3000ドル以下の「BOP(Base of Pyramid)」層と呼ばれる約40億人の市場も、新たなビジネス機会として注目されています。

ダートマス大学のビジャイ・ゴビンダラジャン(VG)は、このような新興国市場の特性から生まれる「リバース・イノベーション」という概念を提唱しました。 これは、従来のように先進国で開発された製品を新興国向けに簡素化するのではなく、新興国の制約やニーズに合わせて開発された製品やサービスが、逆に先進国市場にも普及していく現象です。 GEの中国市場向け低価格超音波診断装置が、アメリカの救急医療センターでも導入された例などが挙げられます。

「ネット」の本質と「ソーシャル」の力

インターネットの普及は、情報の「リーチ(到達範囲)」と「リッチネス(豊富さ)」を飛躍的に向上させ、ビジネスのあり方を根本から変えました。 BCGのフィリップ・エヴァンスは、この変化が産業構造や企業間の境界をも曖昧にすると指摘しています。 AmazonのようなEコマース企業は、膨大な品揃えとパーソナライズされた推薦機能、そして迅速な物流網という新たなケイパビリティによって、従来の小売業のあり方を覆しました。

近年では、FacebookやX(旧Twitter)といったソーシャルメディアの役割が増大しています。これらは単なるコミュニケーションツールに留まらず、情報拡散や購買行動、さらには社会運動にも大きな影響を与えるプラットフォームとなっています。 「弱いつながり」が新しい情報の拡散に重要な役割を果たすことなども研究で示されています。

第7章 最後の答え「アダプティブ戦略」 (2010年代~)

予測不可能な変化が常態化した現代において、緻密な長期計画に基づく伝統的な戦略策定は有効性を失いつつあります。このような環境下で注目されているのが、「やってみなければわからない」という前提に立ち、迅速な試行錯誤と学習を通じて戦略を柔軟に進化させていく「アダプティブ戦略」です。

「試行錯誤」こそが成功の鍵:ダンカン・ワッツとティム・ハーフォード

社会学者のダンカン・ワッツは、『偶然の科学』の中で、成功や失敗の原因を後付けで単純化し、必然と見なしてしまう人間の認知バイアスを指摘しています。 歴史から単純な「答え」を学ぶことは難しく、むしろハロー効果(ある側面が良いと他の側面も良く見えてしまう)や自己奉仕バイアス(成功は自分のお陰、失敗は他人のせい)に陥りがちです。

ティム・ハーフォードは、『アダプト思考』の中で、イラク戦争におけるアメリカ軍の事例などを分析し、中央集権的で硬直的な「理想の組織」が、複雑で変化の激しい現実に対応できずに失敗する危険性を指摘しています。 むしろ、現場レベルでのボトムアップの試行錯誤や、異質な意見を取り入れる柔軟性が、困難な状況を打開する鍵となると主張します。

「リーン・スタートアップ」:ムダのない仮説検証サイクル

シリコンバレーの起業家エリック・リースは、自身の経験とスティーブ・ブランクの「顧客開発」モデル、そしてトヨタ生産方式の「リーン」の思想を組み合わせ、「リーン・スタートアップ」という手法を提唱しました。 これは、「構築(Build)-計測(Measure)-学習(Learn)」というサイクルを高速で回し、実用最小限の製品(MVP:Minimum Viable Product)を使って仮説検証を繰り返すことで、ムダを最小限に抑えながら新しい製品やサービスを開発していくアプローチです。 失敗から学び、迅速に方向転換(ピボット)することが重視されます。

IDEOの「デザイン思考」:人間中心のイノベーション

デザインファームIDEOが提唱する「デザイン思考(Design Thinking)」は、デザイナーが用いる思考プロセスをビジネス上の問題解決に応用するものです。 「共感(Empathy)」「問題定義(Define)」「アイデア創出(Ideate)」「試作(Prototype)」「テスト(Test)」という循環的なプロセスを通じて、ユーザーの潜在的なニーズを深く理解し、革新的な解決策を生み出すことを目指します。 特に、ユーザー観察による共感と、ラフな試作品を多用した迅速なアイデアの具現化と検証が特徴です。 ZARAのようなファストファッションブランドも、流行を予測するのではなく、店頭での売れ行きという「テスト」結果に基づいて迅速に商品を入れ替えることで、アダプティブな経営を実践しています。

BCGの「アダプティブ戦略」:環境に合わせた戦略選択

BCGのマーティン・リーヴスらは、事業環境を「予測可能性」と「支配可能性(企業行動の環境への影響力)」の2軸で分類し、それぞれの環境特性に応じた戦略アプローチを選択すべきだと提唱しています。 環境が予測困難で支配もできない場合に有効なのが「アダプティブ戦略」であり、その実行には「実験する能力」が不可欠であるとしています。 P&Gのバーチャル空間での製品評価や、インテュイットの「失敗から学ぶ」文化などが、その実践例として挙げられます。

おわりに:100年の知恵を未来の戦略へ

書籍『経営戦略全史』は、100年にわたる経営戦略論の変遷を、主要な論者、フレームワーク、そして企業事例を通して壮大に描き出しています。 過去の賢人たちの知恵は、現代のビジネスパーソンにとっても、自社の戦略を見つめ直し、未来を切り拓くための貴重な示唆を与えてくれます。

重要なのは、唯一絶対の正しい戦略があるわけではないということです。 自社の置かれた状況や保有するケイパビリティを冷静に分析し、過去の理論や事例から学びつつも、それに囚われることなく、自ら試行錯誤を繰り返し、戦略を進化させていく姿勢が求められています。 この複雑で不確実な時代において、「やってみなくちゃ、わからない」という真理と向き合い、高速で学び続けることこそが、これからの経営戦略の核心と言えるでしょう。

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地元・千葉県東松戸に住み、東松戸をこよなく愛するヒガマツコが運営するサイト「Bookinfo」では、ビジネス書や自己啓発書を中心に書籍の要点を効率的に紹介しています。学生時代から読書に親しみ、短時間で要点をつかむスキルを磨いてきました。このブログでは、ビジネスや自己成長に役立つ本の重要なエッセンスを凝縮し、実践的なヒントや成功事例とともにわかりやすく解説。忙しい毎日でも効率よく学べるよう工夫した要約記事を日々更新しています。私のミッションは「本から得られる知識を通じて、より良い人生と成功をサポートすること」。趣味は飲食店巡りと運動で、新たな知識や視点を取り入れるのがモットー。今後は動画やSNSとも連携し、多くの方に読書の楽しさとビジネススキル向上の機会を届けるべく、日々新たな挑戦を続けています。
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