投資で勝率を高める!ハワード・マークスが教える「市場サイクル」完全攻略ガイド
本書『市場サイクルを極める』は、著名投資家ハワード・マークス氏が数十年の投資経験から導き出した、市場サイクルを理解し、それにどう対処すべきかという投資哲学の核心を解説した一冊です。マークス氏は、経済や市場の未来を正確に予測することは困難である一方、 サイクルの中の「今どこにいるか」を認識することは可能であり、それが投資で成功するための鍵である と主張します。景気、企業利益、投資家心理、リスクへの姿勢、信用状況など、様々なサイクルが存在し、それらは相互に影響し合いながら繰り返されます。特に、人間の心理(恐怖と強欲など)がサイクルの振れ幅を増幅させ、市場をしばしば極端な状態(バブルや暴落)へと導きます。本書を通じて、サイクルの性質を深く理解し、市場の温度感を測り、それに応じてポートフォリオのスタンス(攻撃的か防御的か)を調整することで、投資の勝率を高めるための実践的な知恵を学ぶことができます。
なぜ市場サイクルを知ることが重要なのか?
多くの投資家は、「次に何が起こるか」という未来予測に時間と労力を費やします。経済成長率はどうなるのか、株価は上がるのか下がるのか。しかし、ハワード・マークス氏は、 マクロ経済の未来予測は極めて困難であり、それによって他の投資家より優位に立つことはほとんど不可能だ と断言します。なぜなら、多くの予測は既存の情報やトレンドの延長線上にすぎず、市場にはすでに織り込み済みであることが多いからです。また、大胆な予測は当たれば大きいものの、外れる確率の方が圧倒的に高いのです。
では、投資で成功するためには何が必要なのでしょうか?マークス氏は、未来予測よりも 「サイクルの中で今、自分たちがどこにいるのか」を理解すること がはるかに重要だと説きます。
市場には様々なサイクルが存在します。景気、企業利益、人々の心理、リスクへの態度、信用の状況など、これらはすべて周期的なパターンを描きながら変動しています。そして重要なのは、 サイクルの中での立ち位置によって、投資の「勝ち目」、つまり成功する確率が変わる ということです。
例えば、市場心理が極端な悲観に傾き、多くの投資家が恐怖から資産を投げ売りしているような局面(サイクルの底)では、リスクに対して得られる潜在的なリターンは高まります。逆に、誰もが楽観的になり、リスクを顧みずに資産を買い漁っているような局面(サイクルの天井)では、潜在的なリターンは低く、損失リスクは高まっています。
サイクルを理解し、現在の市場がサイクルのどのあたりに位置しているのかを把握できれば、将来を正確に予測できなくても、有利な状況で投資を行い、不利な状況では慎重になる、といった戦略的な判断が可能になります。 これこそが、マークス氏がサイクル研究を重要視する理由なのです。彼は、優れた投資家の多くが、このサイクルを感知する卓越した能力を持っていると指摘します。
サイクルの「正体」とは? – 振り子のように揺れ動く市場
マークス氏は、市場や経済に見られる周期的な変動を「サイクル」と呼びますが、同時に「振り子」という比喩もよく用います。これは、多くのサイクル、特に投資家の心理や行動に関連するものが、 中心点を軸にして両極端の間を行ったり来たりする性質 を持っているからです。
想像してみてください。振り子は、その軌道の中心(平均的な状態や適正水準)に留まっている時間はごくわずかです。ほとんどの時間は、一方の極端からもう一方の極端へと揺れ動いています。そして、 一方の極端に振れる動きそのものが、逆方向への揺り戻しのエネルギーを生み出します。
市場も同様です。例えば投資家心理は、陶酔感と沈滞感、楽観主義と悲観主義、強欲と恐怖の間を絶えず揺れ動いています。市場が活況を呈し、価格が上昇し続けると、多くの投資家は陶酔感に浸り、さらなる上昇を期待して強欲になります(サイクルの天井付近)。しかし、その行き過ぎた楽観が行き着くところまで行くと、何かのきっかけで(あるいは自らの重みで)反転し、今度は恐怖と悲観主義が市場を支配するようになります(サイクルの底付近)。
重要なのは、 サイクルは中心点(適正水準)に戻る傾向(中心への回帰)があるものの、そこで止まることは稀で、多くの場合、勢い余って反対側の極端まで振れてしまう ということです。「割安」から「適正」になった相場が、そのまま「割高」まで行ってしまうのは、このためです。
この 「行き過ぎ」こそが、サイクルの最も重要な特徴の一つ です。上昇局面での行き過ぎ(ブームやバブル)が大きければ大きいほど、その後の下降局面での揺り戻し(暴落やパニック)も激しくなります。
そしてもう一つ忘れてはならないのは、 サイクルの中の出来事は、単に順番に起こるだけでなく、前の出来事が次の出来事を引き起こしている という因果関係です。好況が楽観を生み、楽観が過剰な投資を呼び、過剰な投資が不況の種を蒔く…といった連鎖反応がサイクルを形作っているのです。この因果関係を理解することが、サイクル分析の鍵となります。
マーク・トウェインの言葉とされる「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」は、まさにサイクルの性質を言い表しています。個々のサイクルの具体的な状況(原因、期間、振れ幅など)は毎回異なりますが、その根底にあるパターンやメカニズム、特に 人間の心理や行動に起因する変動パターンは、驚くほど似た形で繰り返される のです。
景気、企業利益、そして「信用の窓」:相互に影響し合うサイクル
市場のサイクルは単独で存在するわけではありません。経済全体の動き、個々の企業の業績、そして金融市場の状況などが、複雑に絡み合いながらサイクルを形成しています。ここでは、特に重要な3つのサイクルとその関連性を見ていきましょう。
1. 景気サイクル:
経済全体の活動レベルを示すGDP(国内総生産)の変動です。長期的に見れば、人口増加や生産性の向上によって経済は成長トレンドを描きますが、短期的には好況と不況の波(景気サイクル)があります。景気拡大期にはモノやサービスへの需要が増え、企業活動が活発になります。逆に後退期には需要が減少し、企業は生産や投資を控えるようになります。 この景気サイクルが、他の多くのサイクルの土台となります。
2. 企業利益サイクル:
企業の利益もまた、景気サイクルと連動しながら周期的に変動します。しかし、 企業利益のサイクルは、景気サイクルよりも振れ幅が大きい のが特徴です。これは「レバレッジ」の効果によるものです。
- 営業レバレッジ: 固定費(家賃、設備費など)の割合が高い企業は、売上が増えたときに利益がそれ以上に大きく伸びますが、売上が減ったときには利益も大きく減少します。
- 財務レバレッジ: 借入金(負債)が多い企業は、利益が出ているときは自己資本に対するリターンが高まりますが、利益が減ると借入金の利払い負担が重くなり、純利益の減少幅が大きくなります。
これらのレバレッジ効果により、GDPの変動が比較的小さくても、企業利益はよりダイナミックに変動するのです。
3. 信用サイクル(資本市場サイクル):
マークス氏が 「最も変動が激しく、最も影響が大きい」 と考えるのが、この信用サイクルです。これは、企業や個人がお金を借りやすいか(資金調達しやすいか)どうか、という状況の変動を指します。彼はこれを「信用の窓」に例えます。
- 窓が開いている(信用緩和期): 景気が良く、貸し手(銀行など)が楽観的になっている時期です。資金は豊富で、企業は低い金利で簡単にお金を借りられます。融資基準は緩み、リスクの高いプロジェクトにも資金が流れ込みやすくなります。これが過熱すると、 「最悪の融資は景気が最も良い時期に行われる」 という状況が生まれ、将来の損失の種が蒔かれます。
- 窓が閉じている(信用収縮期): 景気が悪化したり、過去の無理な融資で損失が出たりすると、貸し手は途端に慎重になります。融資基準は厳しくなり、企業は資金調達が困難になります。借り換えができずに倒産する企業も出てきます。
この 信用の窓の開閉は、企業の投資活動、設備投資、M&A、ひいては経済全体の活動に極めて大きな影響を与えます。 好況が行き過ぎた融資を生み、その融資の焦げ付きが不況と信用収縮を招き、信用収縮がさらなる景気悪化につながる…というように、信用サイクルは他のサイクルと強く連動し、時には増幅させる役割を果たすのです。
これらのサイクルは独立しているわけではなく、互いに影響を与え合っています。景気が企業利益を左右し、企業利益が投資家心理を変え、投資家心理が信用市場の状況を変え、信用市場の状況がまた景気に影響を与える…という複雑な相互作用を理解することが、市場全体のサイクルを読み解く上で不可欠です。
投資家心理の振り子:恐怖と強欲のサイクル
市場のサイクル、特にその極端な振れ(バブルや暴落)を理解する上で、最も重要な要素の一つが 「投資家心理」 です。マークス氏は、これを振り子に例え、その揺れ動きが市場価格をファンダメンタルズ(経済や企業の基礎的条件)から大きく乖離させる主因だと指摘します。
投資家の心理は、主に以下の二つの極の間を揺れ動きます。
- 強欲(Greed): 市場が好調で資産価格が上昇しているとき、投資家はさらなる利益を求めて積極的になります。「儲けそこなうことへの恐怖(FOMO: Fear Of Missing Out)」に駆られ、リスクを過小評価し、時には価格が適正水準を大幅に超えていても買い進みます。楽観主義、陶酔感、リスク許容度の高まりなどがこの状態を特徴づけます。
- 恐怖(Fear): 市場が悪化し資産価格が下落し始めると、投資家は損失を出すことを恐れて消極的になります。リスクを過大評価し、パニック的に資産を投げ売りすることもあります。悲観主義、沈滞感、リスク回避姿勢の強まりなどがこの状態を示します。
重要なのは、 ほとんどの投資家は、この「強欲」と「恐怖」のどちらかの感情に支配されやすく、中立的な状態を保つのが難しい という点です。そして、この感情の振り子は、多くの場合、 適切なタイミングとは逆方向に振れます。 つまり、本来なら慎重になるべき市場の天井圏で「強欲」になり、本来なら積極的になるべき市場の底値圏で「恐怖」にかられるのです。
マークス氏が紹介する「強気相場の三段階プロセス」は、この心理の動きをよく表しています。
- 第一段階: ごく少数の洞察力のある人々が、状況の好転に気づき始める(多くの人はまだ悲観的)。
- 第二段階: 多くの投資家が、状況が実際に良くなっていることに気づく。
- 第三段階: 誰もが、状況が永遠に良くなり続けると思い込む (楽観が行き過ぎ、価格は割高になっている)。
弱気相場も同様の三段階を逆方向にたどります。このプロセスからわかるのは、 「賢明な人が最初にやること(第一段階での投資)は、愚か者が最後にやること(第三段階での投資)だ」 という痛烈な教訓です。
バブル(行き過ぎた強気相場)とその崩壊は、この心理的サイクルが極端に現れたものです。ニフティ・フィフティ(1960年代の優良成長株)やドットコム・バブル(1990年代末)では、「高すぎる価格などない」という非合理的な思い込みが蔓延し、多くの投資家が最終的に大きな損失を被りました。サブプライムローン危機(2007-2008年)も、根底にはリスクへの過小評価と行き過ぎた楽観がありました。
市場サイクルに対処する上で、この心理の振り子の動きを理解し、自分が今どちらの極にいるのか、あるいは市場全体がどちらの極に近づいているのかを客観的に認識することが極めて重要です。 周囲が熱狂しているときには冷静に、周囲が絶望しているときには勇気を持つ。感情に流されず、群集心理とは逆の行動をとることが、多くの場合、優れた投資結果につながるのです。
リスクに対する姿勢の変化を読む:市場の温度を測る
投資の世界で成功するためには、リスクをどう捉え、どう管理するかが決定的に重要です。そして、 投資家全体のリスクに対する姿勢(リスク許容度)もまた、周期的に大きく変動します。 この変動を読み取ることが、市場の「今」を知るための強力な手がかりとなります。
理論的には、リスクが高い資産ほど、投資家を引きつけるために高いリターン(リスク・プレミアム)を提供する必要があります。投資家は基本的にリスクを嫌う(リスク回避的)ため、追加的なリスクを取る際には、それに見合う追加的なリターンを要求するのが合理的です。この関係を図示したものが「資本市場線」であり、通常は右肩上がりになります。
しかし、市場の状況によって、このリスク回避の度合いは大きく変化します。
- リスク許容度が高い時期(強気相場のピーク付近):
- 市場が好調で楽観論が支配的になると、投資家はリスクに対して鈍感になりがちです。「リスクを取れば儲かる」と考え、損失の可能性を軽視します。
- その結果、 リスクの高い資産に対しても、以前ほど高いリターン(リスク・プレミアム)を要求しなくなります。
- これは、資本市場線の傾きが平坦化することを意味します(図表8-3参照)。リスクを1単位増やしても、得られる期待リターン(上乗せ分)が小さくなるのです。
- 皮肉なことに、 投資家が「リスクは低い」と感じているまさにその時に、価格は割高になり、実際の投資リスクは最も高まっている のです。「リスクなどない」という思い込みこそが、最大の投資リスクの源泉となります。
- リスク回避度が高い時期(弱気相場の底付近):
- 市場が暴落し、悲観論が蔓延すると、投資家はリスクに対して極度に敏感になります。損失への恐怖から、わずかなリスクさえも避けようとします。
- その結果、 リスクの高い資産に対して、通常よりもはるかに高いリターン(リスク・プレミアム)を要求するようになります。
- これは、資本市場線の傾きが急になることを意味します(図表8-4参照)。リスクを1単位増やしたときに得られる期待リターン(上乗せ分)が非常に大きくなるのです。
- これまた皮肉なことに、 投資家が「リスクは高すぎる」と感じ、誰もリスクを取りたがらないまさにその時に、リスクを取ることに対する潜在的な見返りは最も大きくなっている のです。価格が下落しきった底値圏では、さらなる下落リスクは限定的である一方、将来的な上昇ポテンシャルは大きくなっています。
このように、 市場全体のリスクに対する姿勢の変化は、投資環境の「温度」を示す重要な指標となります。 多くの人がリスクを顧みず楽観的になっているときは、市場は過熱しており警戒が必要です。逆に、多くの人がリスクを恐れて悲観的になっているときは、市場は冷え切っており、絶好の投資機会が潜んでいる可能性があります。
マークス氏は、この「市場の温度」を測るために、バリュエーション(PER、イールド・スプレッドなど)が歴史的な水準と比べて高いか低いか、そして投資家がどのように振る舞っているか(楽観的か悲観的か、メディアの論調はどうか、資金調達は容易か困難かなど)を観察することを推奨しています(第13章のチェックリスト参照)。ウォーレン・バフェットの言う 「他人が慎重さを欠いているときほど、自分たちは慎重に事を運ばねばならない」 という原則は、このリスクに対する姿勢のサイクルを乗り切るための核心的な考え方なのです。
サイクルの中で「今どこにいるか」を知る方法
未来を正確に予測することはできなくても、 市場がサイクルのどの段階にあるのかを把握することは可能であり、それが賢明な投資判断の基礎となる ――これがマークス氏の一貫した主張です。では、具体的にどうすれば「今どこにいるか」を知ることができるのでしょうか?
鍵となるのは、主に以下の2つの側面を観察し、評価することです。
1. バリュエーション(Valuation):資産価格は割高か、割安か?
- あらゆる資産には、そのファンダメンタルズ(収益力、資産価値、成長性など)から評価される「本質的価値」があります。そして市場価格は、この本質的価値に対して割高になったり、割安になったりします。
- 現在の市場価格が、歴史的な平均や常識的な水準と比較してどのレベルにあるか を評価します。
- 株式であればPER(株価収益率)やPBR(株価純資産倍率)。
- 債券であれば利回りや、国債など安全資産との利回り差(イールド・スプレッド)。
- 不動産であれば還元利回り(キャップレート)や賃料水準。
- バリュエーションが歴史的に見て高い水準にあれば、市場はサイクルの上方にいる可能性が高く、将来のリターン期待値は低くなります。 なぜなら、価格にはすでに多くの楽観論が織り込まれているからです。
- 逆にバリュエーションが低い水準にあれば、市場はサイクルの下方にいる可能性が高く、将来のリターン期待値は高くなります。 価格には悲観論が織り込まれており、わずかな好材料でも価格上昇につながりやすいからです。
- マークス氏は、 「価格が本質的価値を下回ったときに買い、上回ったときに売る(あるいは買わない)」 ことが基本だと強調します。
2. 投資家心理と行動(Investor Sentiment & Behavior):周りの人々はどう振る舞っているか?
- バリュエーションは客観的な指標ですが、それを動かしているのはしばしば非合理的な投資家心理です。 市場参加者の心理状態や行動パターンを観察することで、市場の「熱気」や「冷え込み」をより深く理解できます。
- 以下の点をチェックします(第13章のチェックリストが参考になります)。
- 全般的なムード: 楽観的か、悲観的か? 陶酔感があるか、沈滞感があるか?
- メディアの論調: 強気一辺倒か、弱気一辺倒か?
- リスクへの態度: リスクを積極的に取ろうとしているか、極端に回避しようとしているか? 懐疑心はあるか、軽信的か?
- 新規案件への反応: 新株発行(IPO)や新しいファンドは熱狂的に受け入れられているか、敬遠されているか?
- 信用の状況: 資金調達は容易か(信用の窓は開いているか)、困難か(閉じているか)? 融資基準は緩いか、厳しいか?
- 市場参加者の行動: 「押し目買い」が盛んか、「落下するナイフを摑むな」が合言葉か? 売り手が不足しているか、買い手が不在か? 周囲は強欲か、恐怖に駆られているか?
- 多くの投資家が楽観的で、リスクを顧みず、積極的に行動しているときは、市場は過熱しており、サイクルの天井に近い可能性が高いです。
- 逆に、多くの投資家が悲観的で、リスクを恐れ、行動をためらっている(あるいはパニック売りしている)ときは、市場は冷え切っており、サイクルの底に近い可能性が高いです。
これらの バリュエーションと投資家心理・行動の評価を組み合わせることで、現在の市場がサイクルのどのあたりに位置しているのか、より確度の高い判断が可能になります。 重要なのは、未来を予測しようとするのではなく、 「今、ここ」で何が起きているかを注意深く観察し、そこから推論すること です。市場が極端な状態にあるときは特に、取るべき行動を示唆する強力なシグナルを発していることが多いのです。
サイクルに基づいた投資戦略:守るべきか、攻めるべきか
市場サイクルの中で「今どこにいるか」を把握できたら、次はその認識に基づいて具体的な投資戦略、すなわちポートフォリオの 「ポジショニング」 を調整することになります。マークス氏は、投資家が常に意識すべき2つのリスク、「損失を出すリスク」と「機会を逸するリスク」の間で、状況に応じてバランスを取ることが重要だと説きます。
基本的な考え方はシンプルです。
- 市場がサイクルの高い位置にある(過熱・割高)と判断される場合:
- 防御的(Defensive) なスタンスを強めます。
- 主な目的は 「損失リスク」を限定すること です。
- 具体的な行動例:
- 現金比率を高める。
- リスクの高い資産(株式など)の比率を下げる。
- より安全性の高い資産(高品質な債券など)の比率を高める。
- レバレッジを減らす、あるいはかけない。
- 景気変動の影響を受けにくいディフェンシブ銘柄を選ぶ。
- 新規投資に慎重になる。
- 市場がサイクルの低い位置にある(冷え込み・割安)と判断される場合:
- 攻撃的(Aggressive) なスタンスを強めます。
- 主な目的は 「機会損失リスク」を減らすこと 、つまり将来の大きなリターンを逃さないことです。
- 具体的な行動例:
- 現金比率を低くする。
- リスクの高い資産の比率を高める。
- 割安になっている資産を積極的に購入する。
- 景気回復の恩恵を受けやすい資産を選ぶ。
- 場合によってはレバレッジを活用することも検討する(ただし慎重に)。
- 「落下するナイフを摑む」ことを恐れない(ただし価値評価に基づいて)。
重要なのは、完璧なタイミング(市場の天井や底)を狙うことではない という点です。マークス氏自身も、サイクルの頂点や底を正確に当てることは不可能だと認めています。目指すべきは、 市場が明らかに「割高」な領域にあるときは慎重になり、「割安」な領域にあるときは積極的になる という、大局的な判断です。
彼は、「野球の試合で今、何回にいるのか?」という問いかけの比喩を用いつつも、市場サイクルには決まった終了回がないことを指摘します。9回で終わるとは限らず、延長戦に入るかもしれないのです。つまり、 サイクルがどれだけ続くかは誰にもわかりません。
したがって、サイクル・ポジショニングは、頻繁に売買を繰り返して短期的な利益を狙う「マーケット・タイミング」とは異なります。 長期的な視点を持ち、市場環境が極端な方向に振れていると判断したときに、ポートフォリオ全体のリスク・バランスを調整する という、より戦略的なアプローチなのです。
このプロセスには、当然ながらスキルと判断力が求められます。そして、 自分の判断が常に正しいとは限らない ことを受け入れる謙虚さも必要です。市場は、我々が合理的だと考える期間よりも長く、不合理な状態を続けることがあります。早すぎる判断は、忍耐力を試されることにもなりかねません。
それでも、サイクルを理解し、現在の市場の状況を注意深く観察し、それに基づいてポートフォリオのスタンスを調整することは、 長期的に見て投資の成功確率を高めるための、最も有効な手段の一つ だとマークス氏は結論づけています。感情に流されず、群衆とは異なる行動をとる勇気を持つことが、最終的に報われる可能性が高いのです。
まとめ:サイクルを乗りこなすための心構え
本書を通じてハワード・マークス氏が繰り返し強調してきたのは、 市場サイクルは避けられない現実であり、それを理解し賢く対処することが投資成功の鍵である ということです。最後に、サイクルを乗りこなすために心に留めておくべき重要な点をまとめます。
- サイクルは永遠になくならない:
経済や市場には人間の心理や行動が深く関わっています。感情に左右される人間が存在する限り、行き過ぎた楽観(バブル)や悲観(暴落)は繰り返され、サイクルが消滅することはありません。「今回は違う」という言葉は、多くの場合、サイクルの天井が近いことを示す危険なサインです。 - 未来予測より「現在地」の把握:
将来を正確に予測することは困難ですが、サイクルの中で「今どこにいるか」を把握することは可能です。バリュエーションの水準や投資家の心理・行動を観察することで、市場の温度感を測り、有利なポジションを取るためのヒントを得られます。 - 極端な状態こそチャンス(あるいは危険信号):
市場が極端な楽観や悲観に振れているときは、最も重要なシグナルを発しています。誰もが熱狂しているときは最大限の警戒を、誰もが絶望しているときは最大限の勇気を持つことが、逆張り投資家としての成功につながります。 - 中心への回帰と行き過ぎ:
物事は長期的には平均(中心点)に戻る傾向がありますが、サイクルはその中心点を通り過ぎ、反対側の極端まで振れることがよくあります。この「行き過ぎ」の性質を理解しておくことが重要です。 - 出来事は連鎖する:
サイクルの中の出来事は独立しているのではなく、互いに影響し合い、次の出来事を引き起こします。好況が過剰投資を生み、それが不況を招く、といった因果関係を意識することが大切です。 - 感情のコントロール:
恐怖や強欲といった感情は、投資判断を歪める最大の要因の一つです。市場のサイクルにうまく対処するには、自分自身の感情を認識し、それに流されず、客観的かつ規律ある行動を心がける必要があります。 - タイミングではなくポジショニング:
サイクルの正確な転換点を予測しようとするのではなく、市場が明らかに割高・割安な領域にあると判断したときに、ポートフォリオ全体のリスク・バランスを調整する「ポジショニング」に焦点を当てます。 - 忍耐力と長期視点:
市場は、我々が考えるよりも長く不合理な状態を続けることがあります。正しい判断を下したとしても、それが報われるまでには時間がかかるかもしれません。長期的な視点を持ち、忍耐強く戦略を実行することが求められます。 - 成功にもサイクルがある:
投資の成功体験は、時に過信や油断を生み、次の失敗の種となることがあります。逆に、失敗から学び、謙虚さを保つことが、持続的な成功につながります。「成功の中に失敗の種があり、失敗の中に成功の種がある」のです。 - 限界を知る:
サイクルを理解し対処することは重要ですが、それで全てをコントロールできるわけではありません。市場には常に不確実性やランダム性が存在します。自分たちの知識や能力の限界を認識し、過信しないことが大切です。
市場サイクルを理解することは、未来を読む魔法ではありません。しかし、それは荒波の市場を航海するための、信頼できる海図となり得ます。 本書で示された洞察を武器に、冷静な判断力と長期的な視点を持って市場と向き合うことが、激しい変動の中にあっても投資の勝率を高め、最終的な成功へとつながる道となるでしょう。